知る悲しみ

“知る悲しみというのがあるんです”

数日前、ある会で話題になったことが、弊社取締役会でも出た。最高のクラシック音楽コンサートに行くと、他の音楽で、感動することが少なくなって悲しいという。

人は最高のものを覚えた瞬間に慣れてしまう。僕らの瞬間日記アプリも、7年間、毎日作り変えて向上させている。ユーザは今日満足していても、明日には満足しなくなる。

そんなことを考えながら、ふと、ある体験を思い出した。

弊社の株主に、米国の著名な経営者がいて、以前、彼に招かれて、彼のプライベートエリアのある「島」を訪れた。

そこには、プライベートビーチはもちろん、プライベートレストランが複数あって、僕ら1組の客のために、100席以上あるテーブルがきちんと整えられ、スタッフも全米から厳選スカウトされた方々が、最高のおもてなしをする体制になっていた。

朝食用レストランは、海を見渡しながら新鮮なフルーツを楽しめた。ディナー用は、夕日が海に沈むのを見てワインを飲み、星空の下で最高の肉を食べるという場所で、ここなら、スカーレット・ヨハンソンさんを口説けそうな気がした。

敷地内に、ビーチ、映画付プール、ゴルフ場、テニスコート、遺跡まであり、カートを運転して、どの場所にも、コテージから数分で移動。超多忙な人が効率良く遊ぶことを追求した結晶だ。

ビーチでは、カヌー世界チャンピオンのお姉さん、お兄さんが待機していて、教えてもらいながらボードで海に出た。お姉さんに “Tom, you are great!” と言われると、うまく波に乗れた。

どの場所でも、スタッフの方々が笑顔で迎え、アメニティが完備されている。酒やスイーツやスナックが好きなだけ頂け、着替えも用意されていて、気に入った服は持ち帰って良いと言われる。

そして、僕は人の弱さを知る。

初日は遠慮していたが、2日目、すでに、その生活が当たり前になり、勝手にストックから、気に入った酒やアイスクリームを取り出しながら、罪悪感がまったくない自分に気がついた。「千と千尋の神隠し」の千尋の両親が豚になるシーンを思い出した。

そして、なかなか、このレベルの体験はできない気がした。

だけど、最高の体験を「知る悲しみ」よりも、著名な経営者と休日を過ごす喜びや学びの方が大きかった。

彼とは、足にフィンをつけ、モリを握り「食べられる魚」だけを狙って、一緒に海に潜ったり、大きなステーキ肉を島の街のスーパーで買ってコテージでBBQして、高級な赤ワインと一緒に「おやつ」に頂いたり、夜は満天星空の下、ギターをかき鳴らし、芝生の上で一緒に「ビートルズ」を歌おうとしたり(僕の実力を知り、彼が途中で諦めてくれた)、そのまま寝転がり、星を見ながら、葉巻をふかしたりした。

翌朝、彼は早起きして、飲んだ後の酒のグラスや瓶を自ら片付けていた。寝る前に「メンテナンスの人たちに任せるから大丈夫」と言ったのに、自らやってしまった。余った酒は、車につめこみ、一緒に彼の親戚の家に持っていった。

僕が世話になった御礼にランチをご馳走したいと申し出たときには、彼の好きな、街の定食屋を指定され、カレーボウルだけ頼んで、コーヒーも飲まず、水だけで、本当に大満足な笑顔を見せて、これが最高なんだ、と言っていた。

放送局、プロ野球チーム、ホテル、商社、レストラン、農園、メディアを所有する大富豪の一方で、謙虚で倹約を大切にする彼を見ながら、すごい人がいるものだと感動した。

本当のもてなしは、広大なプライベートエリアよりも、彼自身のバランスの取れた生き方にあると実感できた。

自分も、彼と同じことができる人間になりたいと思う。

そんな志を抱きながら、週末、ふと、ある素敵な女性から届いたメッセージを見ると、何気なく、

“Tom さんは、社会の流れを読むのが得意そうですけれど、女心を読むのは苦手そうですね(笑)”

と書いてあった。

知る悲しみを覚えた。